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Selfishly

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金猫の恩返し act1 好物(馴れ初め編)



★「このお話は、5月インテで発売予定の新刊の
  馴れ初め編にあたります。
  お気にいって頂ければ幸いです。」

Repaying the kindness of golden cat
         act1~好物~

ロイ・マスタング大佐のその日の帰路は、大変ご機嫌だった。
先月までの煩雑さの反動か、ここ最近は静かなもので、
急に舞い込むテロ騒ぎも、事件もないおかげで、日常業務も滞る事無く終わらせ、
最近気に入っていた美女とデートまで持ち込み、
次回からはそろそろ次のステップに進めそうな手応えで、
楽しい余韻を残したまま、紳士らしく送り届けて来た帰り道なのだ。
ハボック等に話せば、『そんなぁ勿体無い、そこまで行って~』と叫ばれそうだが、
彼の即物的な思考は、ロイにとっては必要ない事なのだ。
そこが、もてる男と、もてない男との余裕の差だろう。

だから、シトシトと降り続ける雨の中、気まぐれに歩いて帰る気になったのかも知れない。
時刻は深夜に近づいている。 さすがに、この雨の中を夜遅くに歩こうと言う酔狂者は
いないようで、いつもは喧騒に満ち溢れている街も静かなものだ。

暫く散歩気分で楽しんでいた道のりも、さすがに冷え込む時分の雨の中では、
気分の高揚が落ち着いてくると、失敗だったかとも思うようになった。
少々寒さが身に染み始めると、酒も気分の盛り上がりも
物理的に冷えて醒めてくる。

「思ったより遠かったんだな・・・」

げんなりとしながら、後少しの家路を急ぐ。
シトシトと降っていた筈の雨も、今ではサーサーと音が鳴り響く程になる。
『そう言えば、この雨は夜半中振り続けると言っていたか』
そんな出がけの天気予報が頭を過ぎる。

ロイが向かう先は、司令部から程近くの軍関係者の住まう官舎が集まっている地区だ。
最初は、ご近所まで顔見知りの官舎地区に住むのを嫌がっていたが、
警備上都合が良いと副官に押されれば、住む所にさほどの思い込みもない彼は、
渋々ながら、用意された住居へ住むことを余儀なくされたのだった。

「ん?」

その地区にある小さな公園の中に、見覚えのある色が視界を横切った気がして、
思わず立ち止まり、探るような視線を巡らせる。
静かな音もしない公園の中に、人影らしいものは見えない。
が、目にした色がどうにも気になる色だったので、ロイにしては珍しくも無用心に、
目端に止まった場所へと歩いていく。
大き目の土管を模した遊戯具は、子供の頃なら皆1度は潜って遊んでいるものだ、
そっと気配を殺して中を伺い・・・驚いた。

「君・・・そんな中で、何をしているんだ?」

呆れが滲むのは仕方が無いだろう。 まさか、こんな時間にこんな場所の、
そんな処に、知り合いを見つけてしまえば・・・。
ロイの呼びかけに、さぞかし驚いたのだろう、蹲ったまま数センチ飛び上がった彼は、
暗闇でも光る目を、更に真ん丸にしてロイを凝視している。

「えっ?大・・。 なん・・・、どう・・・」

混乱のまま口走る言葉は、文章にはなっていないが、言いたい事は伝わってくる。

「それを言うなら私のほうだろう?
 ここはたまたま私の家の近くで、帰り道だ。

 それよりも、君こそこんな処・・・中で何をしてるんだ?
 それにアルフォンス君は?
 いや、それより何時戻ってきてたんだね?」

年中旅続きの彼らが東方に姿を現すのは、強制的に報告書を提出させる時か、
年1回の査定の時か、ロイから情報を奪取する時くらいだ。
それも、自分の前に姿を現す時と言う限定で。
時折、図書館や資料室に新たな情報が入っているかを確認に寄っている様だが、
その程度の時には、ロイの所へ顔を出さずに去っていく事も多い。

「今日・・・別に何でも・・な・・い」

不機嫌そうにぎこちなく返される言葉に、呆れ返った嘆息が洩れる。

「全く・・・。何もないわけがないだろう?
 こんな時間に、こんな処に潜っていて・・・。

 さては、喧嘩したなアルフォンス君と」

確信に近い問いかけを告げると、見えにくい土管の中でも判るほど
動揺に身体を揺らせて、その後、きっぱりと告げてくる。

「別に・・・してない。 
 構うな・・・よ」

それだけ言うと、ロイの疑惑の視線を避けるように
顔を背ける。

ロイは、さてどうしたものかと中を覗きこみながら、
土管にかけていた指をトントンと叩きながら、暫く思案する。
構われるのを何よりも嫌がる彼の事だ。
ここは捨て置いて、さっさと家に帰るべきだろう?
自分の中の冷静なロイが告げてくる。
確かに彼は自分の部下の一人で、後見もしている相手だ。
だが、私生活には立ち入らない関係程度でもある。
嫌がるものを無理して聞き出す程でもなければ、連れ出し戻す必要もない。
ない・・・筈だったのだが。

次に出た行動には、動いた後に自分の方が驚いた。

「兎に角出なさい。 こんな時期にこんな処でいれば、
 冷え切るのも当たり前だろう!」

窺っている先で、白い息を吐き出し、寒さに小さく身を震わせているのが
見て取れた瞬間、思わず腕を差し伸ばして掴んでいた。

「なっ! はな・・・せ。かまう・・なよ」

驚いたように暴れるが、凍えて舌もまともに動いてないエドワードでは、
さしたる動きも出来ようも無い。
立たせて歩かせようにも、どれ位ここで居たのか、足元も覚束ない相手に、
ロイは舌打ちをして、仕方無さそうに担ぎ上げる。

「わっ!? な、なに? おろせ・・・」

ジタバタと緩慢な動きに、持っていた傘が揺れ、雨が飛び散っては
二人を濡らしていく。

「冷たい! 静かに担がれてないか!?
 碌に動けもしない程まで冷え切っているような馬鹿者に、
 四の五の言う資格は無い。 
 鋼の、今の君は、ただの荷物だ、黙っていろ!」

きつめに言い切ると、さすがに今の自分では分が悪いと察したのか、
大人しく肩の上で項垂れている。
そして担いで更に気づいたのが、思ったよりも冷え切りすぎている身体だ。
慌てたのと、ここまで無茶をしている相手への腹立ち紛れに
ロイは乱暴に足早に家へと急ぐ。

程なく着いた家で、ロイは真っ直ぐと浴室へと近づいていく。
そして、ランドリーに備え付けの椅子にエドワードを座らせると、
浴室にお湯を張り出す。
勢い良く出されているお湯のおかげで、良く室内に蒸気が漂い空気を温めていく。

手を差し入れて湯加減を見ると、次には座って震えている子供に向かう。
青い唇を半開きにして、呆気に取られているように自分を見ている相手から、
ロイは手際よく衣服を剥ぎ取っていく。
こういう事は、相手が茫然自失している間に進める方が無難だ。

さっさと裸に剥くと、脇に手を差し入れてヒョイっと抱えて、
浴室に戻る。
そして、いきなり放り込むような危ない事はせず、浴室の淵に座らせて、
まずは足を温めてやる。
そして、シャワーを使って手先・腕とお湯をかけてやる。
凍えすぎた身体に、いきなり浴槽に浸からせると心臓にショックを与えすぎるからだ。

「・・・そう言えば、機械鎧に水をかけても良かったのかね?」

華奢と言うよりは、細い身体を見ながら、目に付く物から視線を外せずに尋ねる。
色が白いのは生まれつきもあるのだろうが、年中長袖のコートを着込んでいるせいもあるのだろう。
幼すぎる身体に、重荷になりそうな手足を付けているのを、背中ごしに見ていると、
彼が鋼の銘を背負っている事を、痛感させられてくる。
銘を貰うものは、ただ単純に名を与えられるのではない。
その銘に付随する責任も抱えなくてはならないのだ。
自分が焔の銘と一緒に背負い、果たした義務たち同様に・・・。

「大佐・・・もう、大丈夫だから・・・」

その声に自分の思考から呼び戻される。

「あっ? ああ・・・そうか。
 じゃあ、私は出ておくから。
 
 いいか? 完全に身体が温もって、手足の痺れが取れるまで
 出てくるんじゃないぞ」

「・・・ん」

小さく頷いて、そのままストンと浴槽に身を落とし込む。
小さな身体だから、さして抵抗もなく、湯は波打っただけで彼を受け止めた。
その様子に、大丈夫だろうと浴室を出ると、彼が着ていた服を
一まとめにしてかけておく。
彼の事だから、風呂から上がれば練成で乾かして着るだろう。
突然の闖入者に着替えが用意されているわけもなく、
それに・・・用意しても、彼が着ないだろうと予測がつく。

「やれやれ」

疲れた気持ちで部屋に行き、時計を見ると、自分は明日の朝に入ろうと決め、
さっさと就寝の準備をする。
そこでも暫し思案するが、何枚か厚めの毛布を用意してリビングへと戻る。
まだ上がってきていないのか、待つ間に寝酒を飲みながら、
今日最後の重労働に、軽く首を回す。
エドワードは、重過ぎる事は無いが、軽いと言うわけでもない。
身体的には軽い方だろうが、やはり鋼の手足はそれなりに重量がある。
軍で日頃から鍛錬を積んでいるロイだからこそ、
それなりに持ち上げたり担いだりできるが、容易いわけでもない仕事だ。

最初の1杯を飲み干し、2杯目を入れるかどうか悩んだ時、
浴室のほうから音が届いてきた。

「出たのかね?」

その問いかけの返答が、パタパタと響いている廊下の方から返ってくる。

「うん、サンキュー・・・」

返事が聞こえて直ぐに、やはり乾かして自分の服を着こんできたエドワードが、
ガシガシと髪をタオルで拭きながら姿を見せる。

「まぁ・・・構わないがね、せめて宿を飛び出すなら、他の宿に飛び込む位
 機転を利かせていたまえよ」

「財布・・・持って出るの忘れたから・・・」

ぶすりとした表情で答えられた言葉に、呆気に取られる。

「君は頭はいいのに・・・何と言うか・・・」

呆れたように頭を振り、エドワードを置いてリビングから姿を消す。
その間、所在無げに佇んで帰ると告げようか告げずに去るべきかを悩んでいると、
ロイがカップを片手に戻ってくる。

「何をボッと突っ立ってるんだ?
 座っていればいいだろう」

普段ならその言葉にも、小馬鹿にされたような気がして、
言い返してる所だが、珍しく素直な気持ちで「うん」と答えて
指し示されたソファーに座り込む。
そんな気持ちになったのも、ロイが余りに自然に、不思議そうに問いかけてきたからだ。

「ほら」
と差し出されたカップには、どうやら紅茶と思し気物が入っている。

「済まないが、ミルクやレモンなどは用意がなくてね。
 砂糖だけは有ったんで、適当に入れといた。
 それをサッサと飲んだら、朝までそのソファーででも寝ててくれ。
 帰るときは、適当に帰ってくれればいいさ。
 どうせ君なら、鍵など不要だろ?」

その言葉に、エドワードが驚いたように目を瞠ってロイを見つめてくる。
相手の驚きが不思議すぎて、思わずロイの方が、首を傾げてしまう。

「なんだい? 何かおかしな事でも言ったか、私は?」

怪訝そうに聞き返すが、エドワードは小さく頭を振ると
大人しく渡されたカップに口をつけ。

「大佐・・・これ、酒はいってる」

渋い表情で訴えてくるのに、思わす小さな笑いを誘われて、
笑いながら頷いて、返事を返してやる。

「ああ、ブランデー入りだ。 と言っても、ごく少量だから、
 二日酔いの心配もない程度さ」

当然のように告げられ、飲み干すのを監視するように見られていれば、
飲み終わるしか、相手が引かないだろうと言うのは、
短い付き合いでも判る、判るので、薬だと思って、温めになっているそれを
一気に飲み干した。
喉を熱い液体が通り過ぎ、更にすきっ腹の中に飲みなれないアルコールを
放り込めば、思考も身体も緩んでいくのを止めれなくなる。

「ではお休み」

貸した毛布に包まりながら、モソモソと動いている様子に、
義務は果たしたと、リビングの電気を消すと、ロイは漸く自室に戻り、
妙な事になった1日を振り返ろうとして、思考を止めた。
どうせ明日には元に戻った日常が始まるのだ。 今日の事は、イレギュラーな出来事で
そうそう有るものでも無い。そう思うと、それを振り返る時間も勿体無い気がして、
安眠を保障してくれる居心地の良いベットに、思考も身体も預ける事にする。



そして、翌朝。
やはりと言うか、思っていたとおり、エドワードの姿はリビングから消えており。
妙に律儀に綺麗に折りたたまれた毛布と、洗われたカップだけが
昨夜の出来事の立証物のように置かれていた。

そのまま司令部に出勤し、いつもどうり仕事をこなしていく。
別段、昨夜の事を面白おかしく話す程、人は悪くない。
誰しも人には見られたくない、聞かれたくない事など結構の数、あるものだから。
そんな風に結論を出して、日々を繰り返せば、忘れてしまうような些細な一夜の出来事だった。
そう、ロイの記憶の奥深くに片付けられるような瑣末な出来事として。

「大佐、居るかー?」

ノックと同様に入って来た相手は、昨夜の萎れていた様子は完全に払拭したらしい
いつもの見知った彼の態度だった。

「鋼の・・・。何度も言うようだが、ノックは入る前にするもので、
 入るときにするものじゃない」

「わかってるよ! 何度も言われてれば、嫌でも覚えるっーの」

減らず口を叩いている方が、態度が大きいとは如何なものなのか。
ロイは米神に浮かぶ青筋を、忍耐で押さえ込む。

「で、なんだい、君がここに進んで来る理由は?
 情報なら無いぞ、ついでに文献もな」

ため息混じりにそう告げると、それまでの勢いが成りを潜めて
エドワードが視線を泳がせている。

「どうしたんだ? まさか君・・・また何かしでかしたんじゃ・・・」

常に事後報告の時には、対応を任さされる羽目になるので
思わずそんな不安が、口を突いて出る。

「ち! 違う。 別に最近は、何もしでかしてないし・・・」

その言葉に、胡乱な視線を投げかけるが、誤魔化せる間は
とことん誤魔化す相手から、聞き出す手間は無駄と言うものだ。

「ならいいがね。 で、何かね?」

ロイは手元の書類を繰りながら、気の無い質問をする。

「・・・お礼! じゃあな!!」

投げつけるように渡された袋と言葉に、呆気に取られているまに
エドワードの姿は疾風の如く消えていた。

「お礼? 何の?」

相手の突然の行動に驚かされながら、投げ渡され受け取った袋を見る。
まだ暖かいそれは、確かエドワードの好物のドーナツ屋のロゴが入っている。
開けてみれば、一人で食べきれるような数ではない程の
種類沢山のドーナツが、所狭しと詰め込まれている。

「ふうむ・・・」

どうやら、彼は意外な事に、かなり律儀な性格らしい。
クスリと笑いを洩らして、余り甘そうでない物を1つだけ摘み上げ
齧ってみる。

「なかなかいけるな」

お礼ならぬ恩返しに、自分の好物を捧げてくるとは、
気ままな彼にしては、なかなか可愛いところがある。
気分良く捧げ物を食べていると、ついつい食べ過ぎて
その後胸焼けを訴えるロイに、皆に分けようとしない罰ですね。
と冷たく見放された言葉を貰う事になった。


東方司令部では、通い猫を飼っている。
気位が高く、気ままで高慢な金色の猫だ。
そんな猫でも、皆に可愛がられているのは、
やはり、可愛らしい所があるからなのだろう。


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